将来、困らないように
成長し、年を追うごとに周囲が評価するものも変わっていく。
上に行けば行くほど、当たり前とされる努力の量も増えていく。
前回、前々回と、そんな話をしました。
でも、そんなの当たり前では?
子供と大人では好みも価値観も違うのは当たり前。
周囲が自分により多くの努力を求めるのは、自分がそれだけのレベルになったから。
むしろ、ゲームのステージが上がったのだと、よろこぶべきところでは?
そんな声も聞こえてきそうです。
そう、これは予想できた展開。
だからこそ、世の親御さんたちは我が子の将来に腐心します。
将来、子供が困らないように。
「自分は学歴で苦労してるから、自分の子供には……」
「今どき英会話くらいはできないと……」
「楽器の一つもできないと、将来モテないぞ」
それは親御さんの後悔であったり、成功体験であったり……。
でも、そんな時代の価値観も、突然に変わったりするんですよね。
バブル世代からさとり世代へ
わたしの子供時代はいわゆるバブル景気の真っ只中で……。
一流大学、一流企業に入れば人生バラ色。将来安泰。
そんな価値観の時代でした。
TVに映った華やかで楽しそうな世界。
そんなものに憧れて、子供の頃のわたしは必死に勉強したものです。
いつか、わたしもあんな世界に……。
そして、いよいよという時。
バブルが弾けます。
文字通り、追い求めた世界は泡と消えて……。
突然の就職氷河期の到来です。
「こんなはずではなかった……」
過酷な現実に震えながら、
こんなことならもっと幸せな子供時代を楽しんでおけばよかったと後悔します。
追い求めた青い鳥は、ずっと自分の横にいたんだって……。
そうして後悔した大人たちは、自分の子供に言います。
いい大学になんて入っても、この先どうなるかわからない。
無理やり知識を詰め込むよりも、もっと子供時代にできることを楽しみなさい。
知識よりも心を育てる教育を!
そう、ゆとり教育の始まりです。
でも、それはすぐに行き詰まります。
どのような自由な発想も、所詮は基礎となる知識の上に成り立つものですから……。
上司には、学校でちゃんと勉強してきたのかと叱られて、
部下には、そんなことも知らないんですかと馬鹿にされて、
知識よりも創造力や発想を鍛えろと言われたのに!
そして、そんなふうにコロコロと変わる価値観に振り回される大人たちを見て、子供たちは悟ります。
無理して足掻くよりも、そのまま流れに任せたほうが楽。
いわゆる、さとり世代です。
10年前と10年後
でも、それだって、何かの拍子に
「あの時、もっと流れに逆らっておけば……」
なんて展開になりかねない。
バブル然り、IT革命然り、
戦争やコロナの流行、自然災害もあります。
環境も価値観も、変わる時には簡単に変わります。
そもそもの話、日本がアメリカと戦争をしてから、まだ100年経っていないんですよ。
インターネットだって30年。
スマホが使われるようになったのだって15年程度。
AIにいたっては、たったの数年程度です。
15年といえば、今小学生の子供が大人になるくらいの期間。
たったそれだけの期間でこれだけ世の中が変わるのに、
なんで今から10年後の未来が今と同じ価値観だなんて考えられるでしょう?
多くの人が言う“堅実な人生設計”、“現実的な生き方”というものが、
わたしにはひどく曖昧で不確かなものに見えてしまうのです。
▶ 前の話
あなたはがんばっている?
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世界の外から眺めてみると

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