「海外に行かないから」は通用しない
スマホを片手にやり取りをする外国からの旅行者と日本人店員。
インバウンド需要を意識してか、学校の英語教育はどんどん実践的で難しいものになっていっています。
でも、そんな日本人の英語力アップを待っていられない現場では、急速に翻訳アプリを使っての対応が増えていて……。
そんな光景を見ると、
これだったら、わざわざ英語なんて覚える必要はないのでは?
そんなふうに感じることもしばしば。
実際、ひと昔前だと、
「外国には行かないから、英語を勉強する必要はない」
こんなことを言う中学生が多かったのですが……。
最近では、
「スマホ(翻訳アプリ)があるから、英語を勉強する必要はない」
こんな意見が多くなりました。
今の現状を考えると、確かにその通りかも、とも思ってしまうのですが……。
そこでふと思ったのが、理由の部分。
『英語を勉強する必要はない』
この主張の部分は同じですが、その根拠となる部分は違います。
たとえば、今の日本で『外国には行かないから……』という主張をしたらどうでしょう?
今のインバウンド需要を知らないのかって、怒られてしまいそうです。
そう、もう外国に行かないからって理由は通用しません。
そうなると……。
今の『スマホ(翻訳アプリ)があるから……』って理由もいつまでもつか……。
数年後には、「何言ってるの!?」って否定されてしまうかもしれません。
わたしの実体験から言わせてもらうと……
まぁ、そんな難しいことを考えなくても、現実的に入試科目から英語がなくならない限り、中学生にとって、英語は勉強する必要のある科目に違いはないわけですけどね。
とはいえ、やはり受験のためだけの勉強というのもどうかと思いますので、
わたしが実際に外国を旅する中で感じたことを一つ。
本当の本当に英語が必要な場面では、スマホ(翻訳アプリ)は使えないことが多いです。
何かの緊急事態に巻き込まれた時、
相手と口論になったり、不当な言いがかりをつけられた時、
好意を持った相手を口説きたいと思った時、
その場面を想像すると、スマホ(翻訳アプリ)って使えそうもなくないですか?
少なくとも、現状でのスマホでの会話って、相手がこちらに好意的で、コミュニケーションを取りたいと思ってくれないと成り立たないんですよね。
こちらに敵意があったり、全く興味がない場合、
スマホの画面や機械音声って、相手を苛立たせるだけだったりしますから。
機械(スマホ)で簡単に情報を伝えられる時代だからこそ、生の言葉に価値があるような……。
メールが当たり前だからこそ、手書きの手紙に感動されるみたいなことが、会話でも起こりそうだと思いませんか?

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