嘘をついてはいけません。
だれでも一度くらいは言われたことがあると思います。
まぁ、嘘も方便なんてことわざもありますし、大人になればやむを得ない事情で嘘をつくこともあると思いますが……。
それでも、
(あぁ、嘘ついちゃった……)
そんな罪悪感は心の片隅に残りますよね。
それは、嘘をつくことは悪いことだと考えているから。
そして、それは言葉や態度のちょっとした変化に表れるもの。
余程の悪人でもない限り、平気で嘘をつける人は少ないと思います。
でも、某国では違いました。
これは、わたしがサハラ砂漠を旅していた頃の話。
ふつうの人が当然のように嘘をついて、悪びれた様子もない。
「最初に言ってたことと違う!」
そう文句を言っても、逆に何を言ってるんだ? って顔で見られてしまう。
人の感情の変化には敏感な方だと思っていたわたしは、ひどく混乱したものです。
「状況が変わったのだから当然だろ?」
つまり、これは根底にある常識の問題。
一度口にした以上守らなければならない、という日本人の常識と、
状況は絶えず変化するのだから、前に言ったことが変わるのは当然という常識。
彼らは嘘を言っているわけではなくて、前提となる事情が変わっただけ。
広辞苑によると、嘘とは「事実と異なることを、真実でないと知りながら相手が信じるように伝えること」だそうで……。
だとしたら、
「言ったときは本気でそう思ってたんだ。
でも、事情が変わったからさっき言ったことはなしね」
これは、“嘘”をついたことになるのでしょうか?
多分、ならない。
だから、彼らに嘘をついたという罪悪感はないし、当然表情にもそれは表れない。
だって、嘘なんかついてないから。
そのことに気づいてからは、相手の言うことは話半分で聞くようになりました。
信じる信じないではなくて、そもそもの常識、前提が違うのだから。
良いも悪いも、真実も嘘も、前提や相手次第で簡単に変わってしまう。
時代が違う、状況が違う、あの頃とは違うんだ。
思い返してみると、日本もそんなに違わないのかもしれませんね。
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