増えたか減ったかで考えるのが算数
例えば、2−1は? って聞かれたら……だれでも答えられますよね?
そう、答えは1です。
では、どういうふうに考えて1にしたのか?
ここが問題です。
いや、ふつうに2個のリンゴから1個取ったら、残りは1個でしょうって?
そう、ふつうはそう考えます。
では、−1+2は?
「う〜ん、1個借りていて、そこに2個加わるんだから……1個返して残りは1個かな」
はい、正解。
そして、これが“算数”の考え方です。
お金でも持ち物でも、自分の持っている物が増えるか減るか。
それを計算するのが算数の考え方。
そして、正義は一つです。
「はっ? 正義? 急になんの話?」ってなりますよね。
例えば、貧乏なのとお金持ちなのと、どちらがいいですか?
そりゃ、もちろん、お金持ちの方がいいに決まってますよね。
ないよりはあった方がいいに決まっている。
同じように、プラスは正義でマイナスは悪。
数の計算は自分のお金が増えるか減るかで考える。
これが算数です。
つまり、考えているのは自分のことだけ。
一人称視点なんですよね。
数学はどちらが勝っているかで考える
では、同じ2−1の計算。
数学ではどう考えるのか?
答えは+1です。
そう、プラスをつけます。
ちなみに、計算式のほうも「(プラス)2マイナス1」って読みます。
カッコつけてるだけ?
そうではなくて、実はこれ、とても大切なんですよ。
数学では、こう考えます。
プラス軍に2人、マイナス軍に1人、各々の兵士の強さは同じ。
戦ったらどちらが勝つか?
はい、単純なゲームの話だと思ってください。
「そりゃ、プラス軍が1人残るかなぁ」
では、今度は、マイナス軍が2人でプラス軍が1人だったら?
「その場合は、マイナス軍が1人生き残るね」
その通り。
そして、これを式にしたのが、
−2+1=−1
ちなみに、+1−2でも答えは同じです。
プラス軍とマイナス軍が右にいようが左にいようが戦闘結果は変わりませんからね。
こうして考えると、
−1−2=−3
これも、わかりやすくないですか?
マイナス軍に1人、別の場所にマイナス軍が2人なら、
マイナス軍は全部で3人に決まってます。
同じマイナス軍の味方同士で殺し合ったりはしませんから。
そう、数学って、マイナス軍とプラス軍のどちらが勝つかってゲームみたいです。
算数と数学では視点が違う
算数と数学の考え方の違い。
それは、視点の違い、価値観の違いだと思うのです。
算数の視点って、あくまでも自分。
自分の持ち物が増えたか減ったかです。
でも、数学の視点は第三者視点です。
遠くから戦場を俯瞰して、プラス軍とマイナス軍のどちらが勝つかを見定めるような。
ここのプラスとマイナスは潰しあって消える。
ここの戦場はプラス軍が優勢。
でも、ここのマイナスが動けば……。
そんなふうにプラスとマイナスの駒を動かして、最終的にどちらが勝つかを見定める。
軍師とかゲームのプレーヤーの視点です。
そして、そこにはプラスが正義でマイナスが悪のような価値観は存在しない。
プラスとかマイナスとかはただのチーム名で、どちらが良いとか悪いとかはありません。
算数は善悪二元論、数学は陰陽説?
ここで、ちょっと思想的な話をしてみましょう。
善悪二元論の場合、善神と悪神みたいにはっきり敵味方を分けて、とにかく善神の勝利を目指します。
つまり、目指す方向が初めから善って決まってるんですよね。
では、陰陽説はどうか?
こちらに価値の優劣はありません。
どちらが良い悪いではなくバランス重視。
極論を言えば、善も悪も同価値と考えます。
陰と陽が無極を中心にお互いにバランスを取り合い、行ったり来たりする。
これって、数直線のゼロを中心にプラスとマイナスの間を行ったり来たりするのに似ています。
そう考えると、算数って善悪二元論、数学って陰陽説みたいだって思いませんか?
過程よりも結果を重視する算数って、実用重視、善悪をはっきりつけたがる善悪二元論。
結果よりも過程重視の数学は、どれだけプラスになるかではなく全体のバランスを考える陰陽説。
算数が商人で数学が学者のイメージでしょうか?
そんなふうに数式を眺めると、そこに物語が見えてきませんか?

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